RSS

ブログらしく、RSSに正式対応してみました。

昔、SNSが主流では無かった頃の話。ブログは、いつ新しい記事が追加されるか分からないので、頻繁に見に来なくてもいいように、RSSリーダーを使っていたんです。

って、もう、おじさんの技術なのかなあ(遠い目)

 

って事で、RSSリーダーに下記のURL(http://~)を登録すると、僕が新しい記事を載せた時に通知されるようになりますので、興味がある人は試してみて下さいなっと。

まあ、時事性がほとんどない、まるっきし無駄な内容が、このブログ本来の値打ちなのですけどね(笑)ヒマな管理人が試してみたいだけでございます。

http://kojikayose.wpblog.jp/feed/

気になる方はとぞー。

 

ケッコウケダラケ

第三回仔鹿寄席の出囃子の課題曲に

「男はつらいよ」

が、あったので、iPhoneに落として聴いているのですが、そのアルバムの中に、寅さんの啖呵売の口上がそのまま入っておりまして。さすがにテーマ曲は耳馴染みがありますが、口上をまともに聴くのは初めて

 

最近のブログを見直すと、俺、本当に初めてな事柄ばかりっすね。我ながら、どういう人生を送って来たらこんなに無知なままでいられるのだろう?本当に恥ずべき事だと思ってますが、知らないのに見栄を張らなきゃいけない歳でもないのヨ。

閑話休題。

 

なのです。なんとなくのイメージとしては、路上販売なのですから、落語「蝦蟇の油」の前半のソレみたいに、もっと声を張り上げて硬い感じで叫ぶようにやってるのかと思いきや、立て板に水には違いないけど、何この軽妙な調子は。

 

あれ?でもカッコいいぞ???んん???

 

そろそろ、三十路も終盤に来て、寅さんの良さが分かる感性になりつつあるのかな。でもなー、全49作でしょ。これは開けちゃいけないパンドラの匣だと思うんだけどなー。こち亀読破、とか、火の鳥読破、とか、グイン・サー(略)、という不吉な単語が脳裏をよぎりつつ、とりあえず1作だけなら、とググったら、15作目の「寅次郎相合い傘」がお勧めらしい。

縁あって金町に住み続けて、はや16年過ぎちゃって。歩いて帝釈天に行ける身としては、寅さんが楽しかったら割と幸せじゃなかろうか?と、こういう機会ですから、食わず嫌いは止めて、ちょっとだけ手を出してみようかナ。

 

って事で、昔からの寅さんファンのおアニィさん、おアネェさんの方々におかれましては、ご指導ご鞭撻の程よろしくお頼み申します。なんて(笑)

落語鑑賞覚書

鈴本演芸場

途中入場

正朝「ん廻し」
三三「加賀の千代」
市馬「狸賽」
ホンキートンク「漫才」
喬太郎「純情日記渋谷編」
新治「源平盛衰記」

仲入り

仙三郎社中「太神楽」
権太楼「疝気の虫」
正楽「紙切り」
さん喬「白ざつま」

(敬称略)

えー。本日の墓参り後の飲み会(っても実質サシ飲み)を強行しなかった理由はこれです(笑)石をっ石を投げないでっっ

いや、前売りソールドアウトの時点で薄々感じてはいましたが、久しぶりに2時間以上、立ち見で観覧いたしました。いま足がすげえ痛いっす。

そうまでして観たかったのは、これまで音声しか知らなかった権太楼師匠の「疝気の虫」です。ネタ出しで拝見する機会を逃す手はないのと、圓朝忌で遠目で見た時(憧れの眼差し)、時折、厭な咳を出されてたのが引っかかって。結果、勿論、本日はちゃんと拝見し、仕草や上下を頭の中に焼き付け(次の正楽師匠の出番の時に慌てて廊下に出て全てメモに書き写し…ヤな客だねマッタク!)、事なきを得たのですが、明らかに終盤はハイペースで締め括ってたので、やっぱり不安は残る。ちょっと無理してでも優先的に行こう。

トリのさん喬師匠は「白ざつま」、別名「菊江の仏壇」。全く予備知識なしで拝見したのですが、成る程、全日で今日が一番最初にソールドアウトした理由がよく分かりました。これを現場で観れるなら立ち見だろうと何だろうと厭わない噺でした。僕があれこれ解説するのは、分不相応なので大概にしますが、一番印象に残る場面は、遊び人の若旦那が告白する「(菊江と違って)お花は、私の前で泣きもしないんだ、怒りもしないんだ、なんだか、あの子の前にいると、自分がとても小さい人間に思えて厭なんだ」という台詞。言葉から血が滲むのを幻視する程に痛々しく思えた。それは、贖罪ではなく、むしろ卑近な自己正当化でしかないのに、僕は共感してしまった。

また、終演後、さん喬師匠が一人「茄子と南瓜」を踊る姿が、愛されてるはずなのに、最後まで蚊帳の外な菊江にも似て、とても孤独で、だからこそ、美しかったです。

給水所

「古典落語の中には、ここは必ずウケる、ウケなければならないという箇所が、給水所のように点在していて、そこでウケなかったりすると、気持ちが焦ってしまって、しゃべるペースがどんどん早くなって、気がつくと次の給水所を通り過ぎてる事があるんです。」

と、言った感じの事を、さっきテレビで志の輔師匠がおっしゃってた。酔ってるから細かいディテールはうろ覚えね。

 

でも。うわ。なんて、わかりやすい例えだ。他にも沢山、良い事をおっしゃってましたが、何となく、一番、心に残ったのは、何故か、上記の言葉でした。

あと、対談相手の市村正親さんがピュア過ぎて最早、天然の域に達しておられた(笑)

帰省中

元、教師の親父殿に「相手の反応を見ながら、話すペースを変える癖を付けてみろ、日常生活から」と、アドバイスをいただく。

40年以上、人前で喋り続けた先人の言葉なので、何も考えずに従ってみようと思います。

落語鑑賞覚書

圓朝座

於 全生庵

一花「やかん」

馬桜「牡丹灯篭・お札はがし」

仲入り

喬太郎「縁切榎」

(敬称略)

本当に申し訳ないですが、喬太郎師匠が全部持ってった感じです。「縁切榎」って噺は初めて拝見したのですが、何ですかあの80年代ラブコメ漫画は!可愛いタイプとクールなタイプの二人の美女に言い寄られて、どっちも選べない優柔不断男とか、何処の「るーみっくわーるど」か!また喬太郎師匠はいい加減な噺に作り変えて!そりゃあ面白いけど!!!

(ちなみにサゲのイメージ図がこちら)

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と、半ば呆れながら楽しんで、後からググってみたら、勿論、喬太郎師匠の意図的な演出はありましたが、ストーリーはほぼ、そのままな事に絶句。牡丹灯篭との振り幅がでかすぎるよっ!

百年以上前の大名人、三遊亭圓朝師匠の懐の深さ(と、お茶目さ)を感じる、素敵な会でした。

圓朝忌

 

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全生庵にて。圓朝忌に初めて伺いました。これまでは平日だったのですが。今年からは山の日。

前半はもう、完全に法事でございます。あまりの足の痺れに気を失いかけました。

後半は奉納落語。今年は吉窓師匠で「十徳」でした。今年は、つーか、初めてなのですが。そういや、お寺で落語を聴くのも初めて。

最後に扇子のお焚き上げと、市馬会長のご挨拶。

会が終わったら、お墓参り。圓朝師匠の墓の隣に小さい墓が。圓朝師匠のお弟子さんで、三遊亭ぽん太さんといって、身寄り頼りがなくて隣に埋葬してもらったらしい。享年50歳。食欲旺盛。蕎麦好き。ぼんやり。そして師匠に恵まれている。と共通点の多いワタクシ(いや享年は共通点じゃない、たぶん、きっと)としては、明日は我が身、と墓参りにも自然と熱が入る。

お客様も一通り帰られて、午後の圓朝座までどーすっかなー。と思ってたら、前座さんが余ったビールくださった。真夏の陽気の下、呑むビールの冷たさはもう、罪だね、罪。太陽は罪なやつ。

せっかくだから昼食は蕎麦。これから幽霊画を見て、午後も楽しみますっ。