ゾク・くゎいだん。

昨日、活ハウスで開催された「千壱夜一門会」でのこと。
千壱夜家元(もしくは顧問はたまた総帥)である舞歌さんが落語2席をされたのち、何と紙芝居を実演されておりました。それが怖いの怖くないのって!

舞歌さんがその物語を選んだ動機としては、幼少時代にとても怖かったので印象に残っていた、との事でした。
何の紙芝居だったかは、ここでは伏せておく事として、さて、それをトリガーにした自分の話が本編。

じゃあ、僕が子供の頃に怖かった話はなんだろう?と思い巡らしたとき、まっさきに思い浮かんだのが、「耳なし芳一」の話でした。

うろ覚えの粗筋を書くと、

とあるお寺に住む盲目の僧侶、芳一は、「平家物語」の琵琶弾き語りがとても評判。ある日、その評判を聞きつけた「さる高貴なお方の使い」と名乗る武士に連れられて、どこか分からない場所で芳一は琵琶を披露する。武士はたいそう喜んで、明晩も、またその明晩も武士に連れられて芳一はどこかに出かけていく。不審に思った寺男が後を追いかけてみると、そこには墓場で一人、琵琶を演奏する芳一の姿が。芳一の周りは平家の死霊で囲まれており、慌てて戻った寺男は、お寺の僧正にその様子を伝える。僧正は芳一の身体中にお経を書く事で、死霊から逃れようとするが・・・

と、いう展開なのです。確か。

勿論、物語そのものもオッカナイのですが、幼少の僕にとっては、墓場より死霊より、全身にお経を書きこまれた芳一の姿が、視覚的にキツかった。
それは今で言うと、トライポフォビア(蓮の花の細かい粒々などをじっと視てると鳥肌が立つアレ)の走りだったのだと思います。実際は芳一を守ってくれるありがたいはずのお経なのに、お坊さん特有のつるっとしたシルエットとびっしり書き込まれたお経の文様が相俟って、何故か逆に死霊の執念を具現化したような物凄い恐怖でした。

で、さっき調べてみたら、この話、なんと落語版もあるようですね・・・。
番町皿屋敷の落語版「お菊の皿」は、ほぼ滑稽噺ですが、演じ手が正蔵(彦六)師匠だしなあ。まだ聴いてませんが、ガチな予感がビンビンします。
「もう半分」リベンジとして、そのうち!(とはいえ何年後かは全くアテにならない)

間宮兄弟

演出はファンタジックなのに、

ストーリーはとても、現実的で、

凄いバランスの映画だと思いました。

そういや、の・ようなもの、も

こんな感じだったなあ。

 

間宮兄弟は、善き人達です。

でも、現実がそうであるように、この物語世界は善き人に優しく作られている訳ではなく、兄弟は善き人だから他者から好意を得られるが、善き人だから他者から良いように振り回される。

だから本来は、ほのぼのした話ではない筈なのですが、でも、根っこはque sera seraな兄弟なので、あまり可哀想に思えない。良い意味で落語的な馬鹿(与太さんとか甚兵衛さんとか)を見てるような気になりました。

あー、なるべく思ったままを書きたいのですが、ほんと、この監督の作品は感想を書くのが難しい…(言い訳)

 

落語鑑賞覚書

龍玉部屋

於 お江戸両国亭

龍玉「ぞろぞろ」

ろべえ「やかんなめ」

仲入り

ろべえ「もぐら泥」

龍玉「怪談乳房榎〜おせき口説き」

(敬称略)

 

割と久しぶり?の落語鑑賞覚書。

今回はキャナリーの先輩、群馬さんが主催されている龍玉師匠の会にお邪魔しました。

開口は龍玉師匠の謝罪から(笑)ネタ出しされていた「もぐら泥」が覚えきれなかったそうです…もともと、「もぐら泥」はろべえさんから習ったという事で、急遽、ろべえさんの課題になり(笑)、「ぞろぞろ」を。

二席目は、ろべえさんの真打昇進報告からの「やかんなめ」。この噺、昔からの落語好きの方から、故・喜多八師匠の代表作の一つとお噂は耳にしていたのですが、拝見するのは初めて。成る程、これは確かに面白い上、喜多八師匠譲りのろべえさんの雰囲気に合う!

仲入り後の三席目、ろべえさんで「もぐら泥」上記の経緯があった事もあり(笑)会場全体が大爆笑でした。泥棒が女将さんの言葉に活路を見いだ…せないところが大好き。

トリは龍玉師匠で「おせき口説き」乳房榎は拝見するのが初めてでしたので、前半は登場人物の把握に苦労しましたが、浪江がおせきを宥めて透かしてゴネで脅してと、しつこくしつこく口説くシーンが、なんと言いますか、とても、ここ最近のニュースと重なってタイムリーでした。

終演後、打ち上げに混ぜていただきました。龍玉師匠と呑みの席でご一緒させていただくのは初めてでしたが、九割方、エロ話で大盛り上がり、と言っても生々しい噺ではなく、なんだろう、妄想?(笑)

あー、たのちかった!

 

追記

落語会の常、チラシを何枚かいただいたのですが、その中の一つ、文雀師匠と歌奴師匠の「江戸版上方噺」10/15(土)12:30開場13:00開演@お江戸両国亭、が個人的に楽しそうです。特に文雀師匠の江戸落語版「仔猫」、超興味ありますー!

来夢来人

それは、丸の内でミッ◯・マング◯ーブが経営している女性専用(男性は同伴のみ可)歌謡喫茶バーの名前やないかーいっ!

http://www.raimuraito.jp

 

もう、ボケですらないですね。

仕事を早めに上がってお通夜に行って、通夜振る舞いが余りに混雑してたので退散したものの、何だかジムに行っても気乗りしないので、チャップリンの「ライムライト」を借りて観ました。

へー、チャップリンって、こういう素顔なんだ。こう、ダボダボのズボンにシルクハットにタキシードにステッキにチョビ髭のイメージだったので、暫く気付かなかったよ。でも、いざ舞台に立つと、もう独壇場。特にノミの調教師とか思わず笑ってしまいました。落語じゃねえか、これ(笑)

展開は流石にベタさは否めません(バレエシーン、美しいけど僕には長すぎ…)が、しっとりとした優しい映画でした。チャップリンの励ましの言葉の数々と、ヒロイン・テリーを見つめる細く優しい目が印象的。どうせヨボヨボになるのなら、ああ言う老い方をしたいものです。

「我々は一生素人だ。素人で終わる」って、

世界の喜劇王が言うんだよっ?か、カッコいい…。

 

ちなみに、終盤バイオリニストとピアニストの掛け合いがあるのですが、楽譜をバカバカ落とすピアニストがうっまいなーと感心してたら(出たな感心馬鹿!)、バスター・キートンでした。そこの動画を見つけたので、ちょっと観て観て♪

カテゴリー癖

第1回、第2回の仔鹿寄席を無事に終わらせて、英楽校長先生より「何かテーマ性のある会をやってみたら?」というミッションをいただきまして、

テーマの絞り方として、出演者に焦点を当てるか、演目に焦点を当てるか、場所に焦点を当てるか、が最初の分岐点だと思うのですが、とりあえず簡単そう、という理由で演目に焦点を当てて、先日から考え始めております。

キャナリーの膨大な過去の演目から共通点を見つけてカテゴライズするのはとても楽しいのですが、寄席の場合、ネタがつく(前の出演者とネタがかぶる)のを避ける、という縛りがあるので、たとえば「与太郎が出てくる噺だけ集めてみよう」とか「蕎麦を食べる噺だけ集めてみよう」なんて安易な発想だと、思いっきりネタがついてしまう。

いや、勿論、それだって楽しんで下さる人もいらっしゃるとは思うのですが、私は捻くれ者なので、どうせやるならお客様から少しでも「おっ」と思われる番組を考えてみたいのです。

じゃあ、どういうカテゴリーなら、テーマ性を持ちつつ、でもネタがつかないか、と頭を捻った結果、とりあえず現時点で10個、企画を考えてみました。勿論、未だここでは明かせませんし、全てが実現する訳ありませんが・・・今後どうなるかは、ごろうじろ。

羅生門

水曜日はジム休館日なのですが、

早めに帰宅する用事があったので、落語会には行かず、その代りにTSUTAYAでDVDを借りてきました。

今日、鑑賞したのは黒澤明監督で「羅生門」。

文豪・芥川龍之介の代表作である「藪の中」「羅生門」をベースに、原作では語られなかった”藪の中”の真相を解き明かす…!なんて、はい、今更な説明ですね。

五十年前の大ヒット作品ですから、あらゆる感想が語り尽くされた後だと思いますので、最早なんも言えねー状態ですが、やっぱすげえ面白いわ。

あ、そう思ったけど一つだけ。CGが存在しない頃の映画って、本当に画面が贅沢!殺陣の真剣味も素晴らしい!一手でも間違えたら役者死ぬぞ、あれ。

今度は落語好きらしく「どん底」を観てみよう。

くゎいだん。

ラフカディオ・ハーンってモンゴル人っぽい名前ですね。

ハマーン・カーンも。関係ないですが。

先日、実家に帰省した時、葬儀関係の仕事についている弟から短くて良く出来た怪談(つーか体験談)を仕入れました。が、僕はガチの怪談を語れる人ではないので、使い道がないんですよね。とりあえず忘れないうちにブログに残しておきます。ベタっちゃあベタですが、語ってみたい方いらっしゃいましたら、ご自由にどうぞー。

 

弟が、葬儀の打合せを遺族の方としていると、同僚から電話がかかってきたそうです。

弟「もしもし?」

同「(弟)さんですか?ちょっと聞き・・・あぁ、打合せ中ですか、じゃあ、また後ほど」ガチャ。

その日の夜、事務所にて

同「さっきはすみませんでした。でも、取込中だとすぐ分かりましたよ、女性の方がワンワン泣いてて大変でしたね」

弟「え、打合せしてた相手、奥さんを亡くした旦那さんだけど?」

ムシムシ大行進

僕が偏愛する古典落語「疝気の虫」にまつわる話。

ある日、医者が見たこともない虫を見つける。捕まえてみると「自分は疝気の虫だ」と口を利き出し…

なんてもう、粗筋もへったくれもない噺。この「疝気」という言葉、今でいうと尿道炎とか膀胱炎とか、そういうシモの病気の総称なのですが、昔、病は体内の虫が起こしているという考えは、いわば常識でした。というのも、江戸時代は「細菌」という概念がなく、また、衛生面でも今とは比べ物にならなかった為、寄生虫に感染する人も多かったそうです(気になる方は「寄生虫+浮世絵」で検索!・・・グロ注意)。だから、病に倒れた人の遺体の中から、寄生虫が出てくる→じゃあ原因は虫だ!と、なるのは無理ない事だと思います。主役が医者である事からも、この噺はまず「①医学」がテーマなのは言うまでもありません。

体内に住んでいるとされる虫の種類は「疝気の虫」以外にも沢山あります。先日、入手したこの本は、戦国時代の医学書「針聞書」を絵本の形に起こし直したものなのですが、

image

ここには、疝気のようなシモの病だけでなく、今で言う腹痛から歯槽膿漏から熱中症や躁鬱病まで、様々な症状を引き起こす虫が書かれています。中には「大酒の虫」なんてものがあって、

余談です。酔っぱらってべろんべろんになる事をよく「泥酔する」、といいますが、「泥酔」の「泥(でい)」、とはドロではなく、水のないところではドロのようになるという、空想上の虫の名前。べろんべろんに酔っぱらう姿が「泥(でい)」に似ているから泥酔と呼ばれるようになった・・・って説明に納得しそうになったのですが、そもそも、「現実」のドロに似た「空想上」の泥に、「現実」の泥酔者が似ているとはどういう事だ???

閑話休題。

とても面白いのですが、その中に実在する寄生虫と同じ名前の虫があります。それは、「蟯虫(ぎょうちゅう)」。子供の頃、ぎょうちゅう検査で、お尻に青いシールを貼ってもらった、アレです。蟯虫について「針聞書」では、このように書いてあります。

六年に一度めぐってくる「庚申」の夜、取り付いた人の体内からそっと抜け出す(中略)その人が抱いている欲望まで閻魔大王に告げ口し、地獄に落とそうとする。

この特徴、中国の道教に伝わる三尸(さんし)信仰が原型になっております。そういえばこの本を見つけたのは大妖怪展ですし、三尸は「しょうけら」と言う妖怪に深い関係があるとされております。また、こういった「原因の分からない異変を抽象化して形を持たせる」発想は、妖怪を生み出す過程と実に似ています。って事は、この噺は「②妖怪」もテーマになっているとも言えるでしょう。

最後に、この噺の中で、医者は「疝気の虫」から虫の弱点を聞き出し、それに基づいて患者に治療を施します。この、体内から情報を聞き出すという考えは、現代医療にも通じます。

http://irorio.jp/sophokles/20140122/105006/

ね。

つまり、現代において、疝気の虫は「③ナノテクノロジー」の存在を予知させるという…こんな多角的な、深みのある、かつ、ばかばかしい内容の噺が他にあるだろうか。

まあねっ!そんな小難しい話はどうでもいいのよ(権太楼師匠の口調で)

俺はただ、お尻かじり虫みたいな声で、ちんととさんの、ぱっぱっぱがやりたいだけなのっ!(まとめるのが面倒になったので論理を放棄)

 

たすけてくださいっ