猫好きの国

「猫好きには、ただの猫好きなどいない。全ての猫好きは、猫キチガイなのである」

三代続く猫好き伝わる座右の銘

よくわからない名言で始まる、今日の日記。

でも、本当にそう思います。

 

千代田線の列車の中、落語教室の先輩がイタリアに遊びに行くってんで、いろいろ話を聴いてた時に出た話題なのですが、イタリアは、街全体にとても猫が多いそうです。で、猫キチガイな私としては気になったので調べてみたら、

余談ですが、キチガイという単語を人に使うのも自分に使うのも好きではないです(だから、僕の「平林」のサゲは、キャナリーで習ったものと違います)。にも関わらず、祖母から母へ、母から僕へと伝わった口伝のお蔭か、猫好きはどこか頭がおかしいという事実を嬉々として受け入れております。

閑話休題。

日本と比べて動物愛護の考え方は進んでおり、猫の「権利」を認めているそう。詳しくはこちら(↓)に記載しておりますが、猫の「権利」とは、具体的には生きる場所を選べるという権利。家猫として暮らすのも「自由猫(イタリアでは野良猫という発想がないそうです)」として暮らすのも、猫自身の自由意思を尊重するという考え方です。

http://animamia.jp/italy-cat-gatto-libero/

つまり、殺処分を認めない代わりに、個体数のコントロール(去勢や避妊手術)を行政が行っているのだそう。上記サイトには載ってないですが、動物の糞尿についても、清掃車が通った時に回収されるようで、猫にとっても猫好きにとっても天国のような場所である事は疑いようもありません。

 

あゝ素晴らしき哉、猫キチ、、、こほん、猫好きの国!

マットレスを締め太鼓、枕を大胴に見立てて、覚えたばかりの出囃子の練習してたら深夜1時を過ぎちまった。今日は「梅咲」「お江戸日本橋」「竹雀」「芸者ワルツ」

 

狐七化け、狸は八化け

古典落語の「紋三郎稲荷」が好き、と言うそれだけの話。

なんで好きか端的にいうと、「おらが里の」落語だから。あまりメジャーでない噺なので、簡単に粗筋を言いますと、

笠間藩の武士が江戸に向かうのだが、風邪をひいてしまって予定より出発が遅れてしまった。仕方ないので籠屋を頼んだところ、この籠屋が武士の事をお稲荷様の眷属と勘違いし…

という民話みたいな噺。それで、物語の始点が取手、終点が松戸という、小学校三年生で東京から茨城に引っ越してずっと、水戸街道近辺で暮らしていた僕には、馴染みのある地名が数多く出てくる噺なのです。

でも、不思議に思ってた事が一つあって、この物語の中盤に武士が「いま、どの辺りだ」と籠屋に尋ねると、籠屋は「牧の原です」と答えてるんです。牧の原、これは今でも残っている千葉県印西市内の地名なのですが、なにが不思議かと言うと、取手から松戸に至る道筋の中には、まず、牧の原は入らない。

とは言っても、地元民以外は???なので、
詳しくは下の地図を参照にしてね。

 

image

 

ね。始点が取手、終点が松戸なら、普通は水戸街道(今の旧水戸街道)を通るはずなのです。なのに、ぐるっと回るように牧の原を通ってる。勿論、フィクションなので、何処を通ろうと支障はありません。でも、籠屋は所謂、悪徳業者の「雲助」って感じではないし、そもそも地名すら明かす必然のないシーンで、どうして牧の原という、人によってはすぐ分かってしまう「嘘(という言葉がキツければ、違和感)」を盛り込んだのか、そこが良く分からなかったのです。で、暫く分からないまま「そういうこともあるだろ」と、放置してたら忘れてました。

が、つい先日、実家に帰省した時に、たまたま北総線「印西牧の原駅」の駅前にキツネのオブジェを見かけて、これはやっぱり牧の原でなければならない必然があるはずだ、と、もう一回調べなおしたら、意外にあっさり理由が判明。

あの辺りは、昔から草深原(そうふけっぱら)と呼ばれてて(牧の原との関係性はまだ、詳しく分かってないのですが、草深原の一部が牧の原と呼ばれるようになったという認識です。余談ですが、前述の北総線「印西牧の原駅」、建設中は「草深駅」だったそう)、その特殊な生態系から「奇跡の原っぱ」と呼ばれており、

今も、キツネが、棲息してるのです。

絶滅寸前のホンドギツネが。

この噺、物語のあちこちにお稲荷さんに関連する地名が出てきてたので、長い間、気付かなかったのは我ながら間抜けとしか言いようがないのですが、誰が想像します?千葉の住宅地に、キツネですよ?21世紀にですよ?ジブリかよ!仕込みにしたって、芸が細かすぎるよ!!!←悔しさゆえのイチャモン。

勿論、重箱の隅をつつかなくたって、良く出来た楽しい噺なのですが、ますますこの噺が好きになりました。でもね、遺憾せん、この噺、技量うんぬん以前に、ワタシがやるには重大な欠点がございまして。それは、

 

ワタシのビジュアルだと、

どうしても、

狸にしか見えない(涙)

ワールドビジネスサテライトを観ているワタシの脳内に鳴り響くものは

円高、円高って言うけれど

円高って一体なんなのさ

円高で得した人もいれば

円高で損した人もいる

これで、えぇんだか、わるいんだか

あゞ やんなっちゃった

あゞ 驚いた

 

牧伸二師匠は、つくづく天才だよなあ…。

テレビではなく、寄席で観たかった芸人さんです。

あ、いや、WBSで大江アナが「円高で、今後日本はどうなってしまうのでしょうか」と言ってたので、ふと、思い出しただけです(笑)

RSS

ブログらしく、RSSに正式対応してみました。

昔、SNSが主流では無かった頃の話。ブログは、いつ新しい記事が追加されるか分からないので、頻繁に見に来なくてもいいように、RSSリーダーを使っていたんです。

って、もう、おじさんの技術なのかなあ(遠い目)

 

って事で、RSSリーダーに下記のURL(http://~)を登録すると、僕が新しい記事を載せた時に通知されるようになりますので、興味がある人は試してみて下さいなっと。

まあ、時事性がほとんどない、まるっきし無駄な内容が、このブログ本来の値打ちなのですけどね(笑)ヒマな管理人が試してみたいだけでございます。

http://kojikayose.wpblog.jp/feed/

気になる方はとぞー。

 

ケッコウケダラケ

第三回仔鹿寄席の出囃子の課題曲に

「男はつらいよ」

が、あったので、iPhoneに落として聴いているのですが、そのアルバムの中に、寅さんの啖呵売の口上がそのまま入っておりまして。さすがにテーマ曲は耳馴染みがありますが、口上をまともに聴くのは初めて

 

最近のブログを見直すと、俺、本当に初めてな事柄ばかりっすね。我ながら、どういう人生を送って来たらこんなに無知なままでいられるのだろう?本当に恥ずべき事だと思ってますが、知らないのに見栄を張らなきゃいけない歳でもないのヨ。

閑話休題。

 

なのです。なんとなくのイメージとしては、路上販売なのですから、落語「蝦蟇の油」の前半のソレみたいに、もっと声を張り上げて硬い感じで叫ぶようにやってるのかと思いきや、立て板に水には違いないけど、何この軽妙な調子は。

 

あれ?でもカッコいいぞ???んん???

 

そろそろ、三十路も終盤に来て、寅さんの良さが分かる感性になりつつあるのかな。でもなー、全49作でしょ。これは開けちゃいけないパンドラの匣だと思うんだけどなー。こち亀読破、とか、火の鳥読破、とか、グイン・サー(略)、という不吉な単語が脳裏をよぎりつつ、とりあえず1作だけなら、とググったら、15作目の「寅次郎相合い傘」がお勧めらしい。

縁あって金町に住み続けて、はや16年過ぎちゃって。歩いて帝釈天に行ける身としては、寅さんが楽しかったら割と幸せじゃなかろうか?と、こういう機会ですから、食わず嫌いは止めて、ちょっとだけ手を出してみようかナ。

 

って事で、昔からの寅さんファンのおアニィさん、おアネェさんの方々におかれましては、ご指導ご鞭撻の程よろしくお頼み申します。なんて(笑)

落語鑑賞覚書

鈴本演芸場

途中入場

正朝「ん廻し」
三三「加賀の千代」
市馬「狸賽」
ホンキートンク「漫才」
喬太郎「純情日記渋谷編」
新治「源平盛衰記」

仲入り

仙三郎社中「太神楽」
権太楼「疝気の虫」
正楽「紙切り」
さん喬「白ざつま」

(敬称略)

えー。本日の墓参り後の飲み会(っても実質サシ飲み)を強行しなかった理由はこれです(笑)石をっ石を投げないでっっ

いや、前売りソールドアウトの時点で薄々感じてはいましたが、久しぶりに2時間以上、立ち見で観覧いたしました。いま足がすげえ痛いっす。

そうまでして観たかったのは、これまで音声しか知らなかった権太楼師匠の「疝気の虫」です。ネタ出しで拝見する機会を逃す手はないのと、圓朝忌で遠目で見た時(憧れの眼差し)、時折、厭な咳を出されてたのが引っかかって。結果、勿論、本日はちゃんと拝見し、仕草や上下を頭の中に焼き付け(次の正楽師匠の出番の時に慌てて廊下に出て全てメモに書き写し…ヤな客だねマッタク!)、事なきを得たのですが、明らかに終盤はハイペースで締め括ってたので、やっぱり不安は残る。ちょっと無理してでも優先的に行こう。

トリのさん喬師匠は「白ざつま」、別名「菊江の仏壇」。全く予備知識なしで拝見したのですが、成る程、全日で今日が一番最初にソールドアウトした理由がよく分かりました。これを現場で観れるなら立ち見だろうと何だろうと厭わない噺でした。僕があれこれ解説するのは、分不相応なので大概にしますが、一番印象に残る場面は、遊び人の若旦那が告白する「(菊江と違って)お花は、私の前で泣きもしないんだ、怒りもしないんだ、なんだか、あの子の前にいると、自分がとても小さい人間に思えて厭なんだ」という台詞。言葉から血が滲むのを幻視する程に痛々しく思えた。それは、贖罪ではなく、むしろ卑近な自己正当化でしかないのに、僕は共感してしまった。

また、終演後、さん喬師匠が一人「茄子と南瓜」を踊る姿が、愛されてるはずなのに、最後まで蚊帳の外な菊江にも似て、とても孤独で、だからこそ、美しかったです。

給水所

「古典落語の中には、ここは必ずウケる、ウケなければならないという箇所が、給水所のように点在していて、そこでウケなかったりすると、気持ちが焦ってしまって、しゃべるペースがどんどん早くなって、気がつくと次の給水所を通り過ぎてる事があるんです。」

と、言った感じの事を、さっきテレビで志の輔師匠がおっしゃってた。酔ってるから細かいディテールはうろ覚えね。

 

でも。うわ。なんて、わかりやすい例えだ。他にも沢山、良い事をおっしゃってましたが、何となく、一番、心に残ったのは、何故か、上記の言葉でした。

あと、対談相手の市村正親さんがピュア過ぎて最早、天然の域に達しておられた(笑)