関東の社会人落語会「専任のお茶子」不要論

なんて過激!過激!昨日の雰囲気台無し!まあ良いんですけどね。所詮は僕だしね。

関東で、しかも教室系の社会人落語からスタートしたせいか、どうもお茶子文化に馴染みがなく、寄席にいるのが当たり前の上方落語と違い、関東の社会人落語会で時折お茶子さんが出てくるのに対して、可愛らしいと思う反面、本当にこの役割の人いるかなあ、と思うのです。

その理由としては、まず、高座と高座の間が間延びする。一旦、前の演者が降りてから、お茶子さんが高座返しをしてメクリも返して、次の演者が上がるのですが、どーもセルフに慣れてると間延びする気がしてならない。プロの方の寄席だと前座さんがされてるので同じ事ではあるのですが、経験値の違いか筋力の違いか着物が動きにくいのか、えっちらおっちらされてる事が多い。特に釈台みたいな重い物を上げ下げする際には、誰か他の方が手伝わないのだろうか、と、良く言えば頑張れ、悪く言えば単に可哀想になってくる。

上下関係が明確な落研とかなら当たり前なのかも知れないけど、せめて自分の出番が終わった手の空いてる演者が交互にやるとか、何か工夫はないのかな。で、手の空いてる演者で事足りるなら、やっぱアマチュアには不要な労力だよなあと思うのだ(プロの寄席の世界での、「職業としての」お茶子さんを否定する意図ではないですよ、念の為)。専任してもらうと大仕事だけど、一人一人で兼任すれはちょっとの負担で済む作業だと思う。

また、決まってお茶子役が女性なのも今時感覚だとなんだかなあ、と思わないではないですが、これは自分が関東の寄席で男性の前座さんに見慣れてるせいでもあるし、上方文化に飛び火しそうなので印象論だけで深掘りしない方が良いでしょうね(笑)

勿論、当人が納得の上で楽しくされてるなら外野の僕が文句を言う筋合いではないし、そもそも他所の会の伝統に喧嘩を売る気もないのです。ただ、一つの問題提起として書いてみました、ってのが本意です。自分が主催する会では出来ればお茶子さんは専任させず、どうしても専任のお茶子さんが必要な場合も負担を減らす工夫をしたいな、と思います。