落語鑑賞覚書

真打昇進襲名披露興行

鈴本演芸場 夜席

寄合酒 わん丈
奇術 アサダ二世
片棒 歌る多
時そば さん喬
漫才 にゃんこ・金魚
漫談 木久扇
漫談 馬風
太神楽 仙三郎社中
松山鏡 正蔵

仲入り

口上 (左から)歌る多、小さん、木久扇、小平太、さん喬、馬風、正蔵
浮世節 橘之助
長短 小さん
漫談 歌之介
紙切り 正楽
妾馬 小平太

(敬称略)

昼間はデイケア出演の予定が、台風で流れちゃったのでぶらぶらしてから鈴本イン。

歌る多師匠の片棒は、三人息子ではなく三人娘という設定。女性のお弟子さんが多いので、気持ちが入りやすいんでしょうか(笑)最後に三本締めの練習するという演出で華やかに投げキッスしながら下りていきました。さん喬師匠の時そばは、DVDで知ってはいたのですが生で聴いたのは初めて。仲入りは正蔵師匠。明日はお弟子さんのたこ蔵さんがトリなのですが、台風直撃なのでハラハラされてました。

口上、先日の駒子師匠の時は大人しめだった馬風師匠は、今日は元気いっぱいで安心(笑)

トリの小平太師匠は妾馬、初日より緊張する、と仰ってましたがなんのなんの、お客さんを笑わせて泣かせてと見事な高座でした。

週末の事情

明日から大阪池田市で、社会人落語日本一決定戦が開催されます。朝ドラ効果もあって、きっと街全体が浮かれ気分になっていると思われますが、私は欠席。

つーても、ここ数年前までとはちょっと意外なくらい意識が変わったと自分でも思う。今では笑っちゃうけど、昔は本当に悔しくて悔しくて、開催期間中はわざわざスマホからFacebookやTwitterのアプリをアンインストールしてまで情報のシャットダウンをして、大会の事も落語の事も考えずに過ごすしかやり場がなかった。

でもまあ、今はと言うと、そうでもない。全国の仲間と会えない事が寂しくはあるけど、今回はそもそも落ちた訳でなく自分で選んで応募しなかったからだし。まあ、自分の好きな人達が楽しんでるならそれで良し、くらい。

変わったのはたぶん、ここ数年で高座やネタ下ろし数が格段に増え、昔より稽古が必要になったお陰で、周りを気にして攻撃的になったり卑下したりする余裕がなくなった所為でもあり。

たぶん、大阪行ったり福島行ったりしながら「会いたい人には大会とか関係なく自力で会いに行けばいい」事に気付いた所為でもあり。

たぶん、落語以外にも寄席文字や幇間芸や出囃子や東八拳など、同じ江戸文化に隣接しながらはっきり違うジャンルの趣味や重ならない人間関係が増えて、落語および落語仲間に悪い意味で依存しなくなった所為でもあり。

まあ、そこまでやっての心境の変化だから、我ながらメンドくさい奴だなあ、と思う。

と言っても根っからの負けず嫌いの向上心強め人間だし、趣味は増えても未だ軸足は落語に置いてるのでどっか拘っちゃうんだけどさ。

それはそれとして、9/30の芸協らくごまつりでは圓満師匠のお手伝いしてる筈です!関東に残って暇を持て余してる方々、ぜひ遊びにいらして下さいませませ〜。

落語鑑賞覚書

浅草演芸ホール 夜席

(途中入場)

紙切り 正楽
小噺 圓丈

仲入り

漫談 たけ平
夕立勘五郎 志ん輔
余談漫談 ぺー
粗忽の釘 馬石
親子酒 小里ん
三味線漫談 あずみ
紙屑屋 たい平

(敬称略)

本日、誕生日でした。一人でも楽しめるバースデーイベント、的なものを探してみようかと思いましたが、結局いつものパターン(笑)せめてもの抵抗に、ケーキとスパークリングワインを持参。

会場は激混み、でも二階なら入れるとの事で二階に。

圓丈師匠の小噺は、リクエスト型小噺と称して、ネタ帳のページ番号をお客様に言って貰って、そのページを読み上げるというもの。このタイプを拝見するのは初めてでした。

馬石師匠の粗忽の釘も初めて。一之輔師匠や小三治師匠の雰囲気とは違い、(あの、聴いた事がある人前提の表現で申し訳ないのですが)、馬石師匠の堀の内に出てくる、ちょっとイっちゃった感じの粗忽者、あのタイプの粗忽者が主人公なので独特の雰囲気で楽しめました。

小里ん師匠は雲助師匠の代演。この師匠のミニマムな仕草が好き。親子酒も息子の登場シーン以外は、必要最小限の仕草しかなく(なんなら息子登場のシーンですら他の噺家さんより相当抑えめ)、それなのに分かりやすさは損なわず、本当、憧れます。

たい平師匠はマクラから本編までずーっと入れ事たっぷり、笑点関連の業界ネタたっぷり。場所が浅草なのもあるでしょうけど、あんなサービス精神の溢れる師匠はなかなかいないよなあ。

落語鑑賞覚書

真打昇進襲名披露興行

鈴本演芸場 夜席

たらちね 花ごめ
奇術 アサダ二世
紙入れ 玉の輔
河豚鍋 菊千代
漫才 ホームラン
権兵衛狸 文楽
時そば 菊丸
太神楽曲芸 翁家社中
漫談 馬風

仲入り

口上 (左から)玉の輔、文楽、駒子、菊千代、馬風、市馬
浮世節 橘之助
芋俵 市馬
漫談 歌之介
紙切り 正楽
甲府い 駒子

(敬称略)

駒子師匠、おめでとうございます㊗️
ようやく書けました。

今日はキャナリーの講師をされております古今亭ちよりん改め古今亭駒子師匠の初日と言う事で、ケアサービス帰りに鈴本に寄って参りました。

まー、口上の時点で客席から啜り泣きは聞こえるわ、拍手は止まらず進行が進まないわ、何故か全ての出囃子に手拍子を挟む人はいるわ(笑)非常に温かい雰囲気の披露興行。

トリの駒子師匠の出番も、登場前から拍手が鳴り止まず。何という曲か存じ上げません(つーか拍手で聞こえない 笑)が、出囃子変えられたような気がします。開口一番、「皆さん、緊張をほぐす為に一緒に深呼吸をしましょう!」でお客様の気持ちを引っ張りこんでからの「甲府い」でした。個人的な感想を言えば、この噺そのものを最初に知ったのは数年前、東十条のもんじゃ焼き屋さんでの落語会、当時ちよりんさんの高座でした。あれから数年、駒子師匠の誠実で真面目な人柄そのもののような「甲府い」が寄席のトリで聴けて本当に良かったと思います。ありがとうございます。

追記 キャナリーの皆様へ。
皆さんでお贈りした羽織は高座の中でも一番目立つ所に堂々と飾ってありました。嘘だと思う?それなら是非、寄席にお越しくださいませ(笑)

高座ログ

永福町 デイサービス

天保水滸伝より「平手の駆け付け」 亀鶴
「熊の皮」 福来
「孝行糖」 どテ珍

有難い事に、最近ご一緒させていただいております亀鶴さんのまたもお誘いで、どテ珍さんと3人会。なんだか秋風の心地よい良い天気でお客様も自分もボンヤリしてたので、そのボンヤリとした気分のまま甚兵衛さん噺を20分強フルサイズで。そしたらボンヤリし過ぎて一箇所飛ばしてしまい、ボンヤリしたフリをしたまま冷や汗かいて立て直し。

楽しかったナァ(終わったらそれはそれでボンヤリ)。

ロースコアボーイ(社会人〜現代編)

さて、最終回。

大学を卒業して東京に就職した。遠くに行った友達もいるが、同じく東京暮らしの友達とは相変わらずゲームで繋がってた。就職一年目で発売されたプレイステーション2、それからニンテンドーDS、プレイステーションポータブルなどなど、持ってる機種は増えたけど、大学時代のように寝食を忘れてゲームに没頭する事は減ってきた。

たぶん、最後にハマったのはモンスターハンター2ndGだったと思う。それこそ、金曜の夜に集まって、気付くと日曜の夕方になってるくらいに楽しんだ。けど、それ以降はさらにゲーム熱は覚め、プレイステーション3は買ったものの、ブルーレイ再生やテレビの録画機能としか使わなくなった。ゲーセンからも足が遠のき、今はスマホゲームを時折やるくらいになった。

何で今回、こんな事を書こうと思ったかと言うと、最初の回で書いたようにハイスコアガールで懐かしくなったと言うのもあるけど、大前提として、自分の中でテレビゲームは「終わったもの」になっているからだと思う。昨今、昔のゲーム機のミニサイズの復刻版が流行っている。これからもゲームは発売され続けるだろうし、中には画期的でスゲエ面白いのもあるのだろう。でもきっと、子供の頃のように夢中にならないと言う思いがある。これ以上、先がないので振り返ってまとめる気になれた、と言う訳だ。

落語を聴き始めて7年目になる。何にでも終わりがあるから、いつかきっと、落語や寄席についても「終わったもの」になる日が来るのだろう。それは仕方のない事、でも、せめてゲームと同じくらい、後10年は夢中になっていたいと願うばかりである。

次回からは普通の落語ブログに戻ります。読んで下さった方、ありがとうございました。

ロースコアボーイ(大学生アーケード編)

大学時代、奨学金も貰ってた上に親の仕送りがあったので、慎ましく暮らすには足りていのだろうけど、どっこい遊び盛りの大学生、何かバイトを始める事に。

最初のバイトは憧れだった(華やかそうに見えたのだ)飲食店のウェイター。水戸では結構高級な中華料理店に採用されたが、持ち前のドジっ子気質で常連のおばさまの毛皮のコートにウーロン茶10杯分ぶっかけてクビになる。途方に暮れてた時に見つけたのは、水戸の繁華街、大工町ゲームセンターのバイト募集だった。

そこでも何とか採用されたのは良いけど、当時は店長とフリーターの先輩と僕の三人体制。学生という事で配慮してもらってたと今では思うが、それでもかなりシフトを割り当てられてたと思う。特に冬場の朝番は手足がかじかんでしんどかったのを覚えてる。

多分、ハイスコアガールの原作者は僕より二歳下くらいだろうなあ。バイト当時は格闘ゲーム全盛期。バイト先でも毎月トーナメントを開いてました。確かストリートファイターZEROシリーズとかKOFシリーズが多かったと思う。僕は裏方が好きだったのでトーナメント表を作ったり告知ポスターを作ったりするのは嬉々としてやってたが、時折、トーナメントの司会を任されたのが陰鬱。技名が覚えられない、アドリブが効かない、声が小さいの三重苦でワタワタしてたところ、見兼ねた先輩が交代してくれたりしてました。その司会交代劇もまた盛り上がったりね。

色んなお客さんがいたなあ。単位計算だけはやたら得意な学校サボりの高校生は沢山いたし、繁華街だったので酔っ払いも多かった。「があああああ!」と雄叫びを上げながら店の自転車を持ち上げる酔っ払いにはビビったけど、直ぐ「あああああ」と言いながらスンナリと自転車を下ろした時には笑った。

格闘ゲーム以外では音ゲーが流行り出した頃でした。ビートマニアとかポップンミュージックとかダンスダンスレボリューションとか。何となく、プレイヤー層も所謂ゲームヲタク以外の人も多かったと思う。趣味でDJやってた友達が「あんなの全然DJプレイと関係無いよ」と言ってたのを覚えている。

就職活動の為、大学4年になった時点でゲーセンのバイトを辞めた。本当は、正社員になれるならそこに採用してもらおうと思うくらいに楽しかった。実際にゲーセン業界も何社がか応募したけど、殆どがパチンコ屋の店員募集だったので諦めて今の会社に入った。

ロースコアボーイ(大学生コンシューマー編)

大学編ですが、コンシューマー(自宅で遊べるテレビゲームの事ね)編とアーケード(ゲームセンターの事ね)編に分けた理由として、大学時代に数年間、ゲーセンの店員のバイトをやってたもので、よりいっそう書くことが多いのです。

水戸の大学に進学して、近所のアパートで一人暮らしを始めました。高校生編でも書きましたが念願のプレイステーションを買ったのでゲーム三昧…かと思いきや、結局、部室で友達とゲームやってる時間の方が圧倒的に多かった気がする。僕は同じ高校から一緒に進学した友達からの縁で学生新聞部というサークルに所属。部室は学友会という、いわゆる大学版生徒会と共有で、今みたいに夜間の部室閉鎖みたいな事はなく、盆と正月を除いて24時間、部室に行けば遊び相手には事欠かない状況でした。

部室にはスーパーファミコンもプレイステーションもセガサターンもあったので、ひたすら「朝までぷよぷよ」「朝まで鉄拳」「朝までバーチャ」などなど、基本的には朝までコースで酒をガブガブ飲みながら遊んでばかり。真面目なサークル活動もやってた筈ですが、そっちはもう殆ど覚えておりません。学業はもっと覚えてません(このブログを両親が読まない事を切に願う)もし、当時の僕に出会う事があったら、もっと勉強しろ!と叱ってやりたいですね。そしてコントローラーを取り上げて今の僕がゲームします。

ま、すっかりネットニュースに押されて数年前に新聞部もなくなったみたいです。

部室で遊んだゲームで覚えているのは上記3本は別にして、「ダイナマイト刑事」「アウターワールド」「パネポン」「サクラ大戦」「クロックタワー」「バイオハザード」「ナイツ」挙げたらキリがないですね。本人視点のシューティングゲームの元祖「ドゥーム」を傍から見て車酔いを起こしてぶっ倒れたり、迷作「デスクリムゾン」のコンバット越前の珍発言に大笑いしたのは良い思い出です。自宅で遊んだのは「ゼノギアス」「ポポロクロイス」「サイ」「ペルソナ2」「フロントミッションオルタナティブ」などなど。あと、就職活動中に買った「どこでもいっしょ」とか、ワンダースワンの「グンペイ」の圧倒的中毒性と電池持ちの良さを覚えてます。

落語鑑賞覚書

黒門亭 第2部

寄合酒 朝七
花色木綿 一花
道具や のん平

仲入り

寝床 竹蔵
野ざらし 龍馬

(敬称略)

三連休初日の午後は、落語協会の二階でのほほんと過ごす日、と題して、まずは黒門亭を。竹蔵師匠の寝床は比較的短めだと思ったら、終わった後に奴さんを踊られました。粋だ!龍馬師匠の野ざらし、フルサイズで大熱演でした。感動!

菊太楼の会

真田小僧 菊一
猫定 菊太楼

仲入り

目黒のさんま 菊太楼

(敬称略)

黒門亭の終わりから開場まで一時間ほどあったので、近くのQBハウスで坊主になり、松屋をタラタラと。

菊一さんの真田小僧、菊太楼師匠の猫定は、ともにネタ下ろしとの事。このお二人については身近すぎて逆にブログで感想とか書けない…のですが一つだけ、猫定の前半で猫と会話するシーンの菊太楼師匠は、隠しきれない猫ラブが溢れておりました…。

終わったら23時くらいまで御徒町の居酒屋でのんべんだらりと秋刀魚をツマミにオフトーク。楽しい一日でしたっ。

ロースコアボーイ(高校生編)

さて、

高校受験は千葉県柏の私立が本命だったがそこには落ち、隣町の進学校へ。中学の頃、割と短距離走に自信があったので陸上部に入ったけど、本質的に体育会系ではない僕には全く馴染めず一学期で退部。空手道場にはまだ通っていたので校内に空手部を復活(僕が入学する遙か前にはあったらしい)を図ったが、まあ、今なら兎も角、当時の行動力の無い自分にそんな大それた事が出来る訳でもなく、あっさりと帰宅部のエースが出来上がった。

高校からの帰り道、自転車通学だったので色んなところに出かけて行った。その中でも多かったのは古本屋とゲーセン。ゲーセンは似たような境遇のヲタクなクラスメイトに連れて行ってもらったんだと思う。その頃は特にカプコン、SNKが競うように立て続けに新作ゲームを発売してた。スーパーストリートファイターII、餓狼伝説、龍虎の拳、ヴァンパイア、ヴァンパイアハンター、真サムライスピリッツなどなど。年末年始の郵便配達のバイトを除いて、基本的にバイト禁止だったのでそれらを毎月のお小遣いだけでなく、弁当代として貰ってた数百円を昼飯を我慢してぶっ込んだり、一回50円で遊べるゲーセンを見つけては自転車で40分かけて通ったり(凄いところになると店内でのみ使えるコインが3枚100円、実質一回33円の店なんてのもあった)してた。所謂ゲーセンだけでなく、駄菓子屋の前に置いてあるゲームやショッピングモールのゲームコーナーなど、町中にゲームが溢れてた気がする。あの頃に通ってたゲーセンのうち、いま何軒残ってるんだろう、と考えるとちょっと寂しくなる。

そうそう、受験シーズンを控えてた頃にバーチャファイター2や鉄拳2が話題になった。両方とも1の頃は、操作しづらいしポリゴンはカクカクしてカッコ悪いしで完全に色物扱いだったと思うが、2になったら一気にプレイヤー人口が増えた。家庭用ゲームではプレイステーションとセガサターンが出て、何人か買った友人はいたが、まあ、それでも割と真面目な高校生だったので卒業して一人暮らししてからでいいや、と思ってた。

なんだか、小中学と比べるとあっさりした内容になってしまったが、ゲームに限らず、高校時代の思い出は小中学や大学時代と比べて何故か余り残ってない。