セーネンガッピッ!

昔の噺家さんについて調べるとき、誰と誰が同年代で、誰が誰より年下で、なんて事がさっぱり分からなくなって混乱する事があるので、何となく興味の範囲で、生年月日順に並べてみました。

ホントは、入門順とか考えると単純に芸歴=年齢順ではないんでしょうけど、そこまで拘りだすと僕の少ない脳細胞が死ぬので、だいたいの感じで・・・参考までに、教科書的なものを混ぜてみましたが、これも実際は、生年月日と照らし合わせても、当人は生まれたてなのであまり関係ないのですが・・・
時代の雰囲気!フ・ン・イ・キ!

すべて敬称略です。

1887年4月24日 柳好(3代目・野ざらし)
1890年6月5日 志ん生(5代目)
1890年12月12日 銀太郎(新宿末廣亭席亭)
1892年9月7日 文治(9代目・留さん)
1892年11月3日 文楽(8代目)

—日清戦争 開戦—

1894年10月25日 金馬(3代目・居酒屋)

—日清戦争 終戦—

1895年5月16日 彦六
1898年6月12日 今輔(5代目・お婆さん)

—三遊亭圓朝 死去—

1900年9月3日 圓生(6代目)
1902年3月28日 三木助(3代目・芝浜)

—日露戦争 開戦—
—日露戦争 終戦—
—これより大正—

1915年1月2日 小さん(5代目・人間国宝)

—いまから100年前—

1920年10月18日 柳昇(5代目・我が国では・・・)

—関東大震災—

1924年1月14日 文治(10代目)

—日本初のラジオ放送—

1925年4月6日 米丸(4代目・最年長)
1925年11月6日 米朝(3代目・人間国宝)

—これより昭和—

1928年4月29日 圓菊(2代目)
1929年1月10日 圓歌(3代目)
1929年3月19日 金馬(4代目)
1931年3月23日 川柳

—満州事変—

1932年12月29日 圓楽(5代目・笑点司会)
1934年4月3日 圓蔵(8代目・ヨイショ)
1936年1月2日 談志(5代目)

—二・二六事件—

1936年8月14日 歌丸
1938年3月10日 志ん朝(3代目)
1939年12月17日 小三治(10代目・人間国宝)

—太平洋戦争 開戦—

1944年12月10日 圓丈

—太平洋戦争 終戦—

1977年9月27日 福来

混ぜるな混ぜるな(笑)
あ、もうすぐ誕生日です。40です。進捗は芳しくなく、まだ予定は空いております・・・。やだな、とはいえ、最早こっちから誘いづらいんだよな、重くて。ま、この40年の無為に過ごした無様な成果よ。

仮に今週来週で死んだら、いちおう三十代だから「夭折」とか言われるのかな、言われてみたいねえ。
でもなー、それは「天才」が死ぬから「夭折」なんだよな。凡人以下の僕なら単なる「早死に」、下手したら「無駄死に」「犬死に」「憤死」「悶死」「ひでぶあべ死」くらいのもんよ。
せめて社会人落語家として一回くらい「化け」てから、死んで幽霊になって「化け」ないと江戸っ子が立たねえんだよネ。

ッてことは俺ァ長生きか?アカデミック風な出だしにしては締まらねえ結論だ。ヤダネェ…。

出囃子について・蛇足

なんだか一部に反響があったので、蛇足として普段、自分が高座に上がる時に使わせて貰ってる出囃子「十日戎」について。

一応、寄席囃子100(三枚組CD)に入ってるのでマイナーでもないとは思ってるのですが、私の知ってる社会人落語家の方で、他にこの曲を使う人にまだ会った事ないですな。

なんで、この曲を選んでるかと言うと、昔、まだキャナリー発表会の出囃子がCDメインだった頃、出囃子の曲目は全て先輩である吉遊さんが選んで下さったそう(その当時は知らなかったのですが)。なので、そもそも出囃子って何?というくらい落語初心者の頃は、わけもわからずこの「十日戎」を使ってました。とは言え、当時は高座に上がるのに舞い上がってて、何が鳴ってたかもよく覚えてません。

その後、発表会でも生出囃子が増えて来て、自分も好きな噺家さんと言うものが出来始め、ある意味「色気づいた」頃になってくると、いまいち地味な「十日戎」よりは憧れの志の輔師匠の「梅は咲いたか」とか白酒師匠の「江戸」とかをお願いして上がってました。

ところが、ある時、吉遊さんが出囃子CDの曲目を選んで下さってた事を知ったので、どうして当時、十日戎を選んだのかお聞きしたところ、僕の高座名が福来なので

戎=「福」の神

十日戎の掛け声=商売繁盛で笹もって「来」い!

に掛けた洒落(天才かっ!)とお聞きしまして。縁が出来てしまうと、なんだか現金なもので、すごく愛着が湧いてしまったと言う、そんな事情です。聴き込んで慣れてくると、いまは逆に、このスローテンポの地味曲に合わせて、落ち着いてゆっくり上がるのが癖になってます。

どうぞ仔鹿寄席などでお聴きになりましたら、そんな曲なのだと思っていただければ。

今年の散財

落語協会のファン感謝デー、謝楽祭に行って参りました。

去年は諸事情で行けなかったのですが、一昨年と比べて涼しかったのは有難かったです。でも、その分すんごい人数でした。一之輔師匠のサインの列なんて、某TDLのアトラクションを見るかのようでしたよ。

で、テンション上がってだいぶ散財しましたので、その内訳をば!

その1、いきなり大物!落語協会、揃いの浴衣、の反物!何年か前に使われた木久扇師匠の描いた妖怪絵が総柄になったポップな奴。今年のうちに仕立てて、来年の初夏から着たいと思います!

その2、志ん輔師匠プロデュースの手拭い!昔の根多帳を手拭いのデザインに落とし込んだ代物!小池屋の仁吾くんが大汗かいて売り子をしてたので、その心意気を買った!

その3、伯楽師匠プロデュース、孝行糖!中身はうるの小米に寒晒し、ではなく、サンゴ塩飴というもの。熱中症対策になりそうなところも親孝行って事ですね!商売上手!

その4、忘れてならない、福扇!今年の柄はたい平師匠のイラストでした!楽しそう!福引は一昨年は末廣亭の無料券だったのですが、今年は、、、馬るこ師匠のミニ色紙でした。せっかくなので?このあと、馬るこ師匠の店に伺って獺祭をキュッと飲み干しました(笑)

最後!正朝師匠のお店で買ったサイン色紙!ほんとは無地の色紙に謝楽祭と書かれた千社札シールの販売で、これを持って好きな師匠のサインをもらって下さいね!と言う商品なのですが、僕は正朝師匠のサインが欲しいんですっ!と、その場でお願いしちゃいました。いい人だ!

我ながら、謝楽祭をコミケか何かと心得てやがる福来の散財でございました!あーっはっはっは!