落語鑑賞覚書

浅草演芸ホール
夜席

(途中入場)

天どん 子どもの作文
藤兵衛 時そば
ホームラン 漫才
龍玉 たらちね
圓丈 金さん銀さん
アサダ二世 奇術
馬石 笠碁

(敬称略)

久しぶりの寄席。
秋らしい時雨のせいか、お客さんは普段より少なめ。

幾人か感想をばー。

藤兵衛師匠は「時そば」。寄席でこの噺を聴くと、もう今年も終わりが見えて来た感じ。凄くベーシックな型をきっちりされていると、つい見惚れますね。そろそろ僕もさらっておこう。

圓丈師匠は「金さん銀さん」。銀さんが亡くなったのが2001年ですから、もう16年か…。でも、直ぐにお二人の口調を思い出しました。圓丈師匠がかけている間は、きっと誰しもの中に生きているのでしょう。いいなあ。

アサダ二世。今日は押してるのに雑談ばかりしてるので、とうとうやらない日に立ち会うのか!?と、思ったけど、マジックされました。ちぇ…ってのも可笑しいね。

馬石師匠は、今日の天気にぴったりな「笠碁」。待ったを入れたいけど言えない旦那が、無言で目で訴えかけるのが堪らなく面白かったです。そういや、授乳してるお嫁さんに「おっぱいが大きいからって威張ってるんだ」と、いびるような拗ねるような発言、偶に聴くけどオリジナルは何方なのかなあ。

寄席を出たら雨が止んでた。もう秋も半ばですね。

亭号

本日で40歳になった節目に、個人活動向けに新たに亭号を作る事にしました。

猫飯亭 福来

ねこまんまてい、と読みます。なぜ名前もマトモに読んで貰えないのにそういう…どーせキラキラ亭号よっ!字画が良いのよっ!ぜーぜー(中年は体力がない)

とは言え、全部一気に切り替える訳ではないので、これまで出演依頼をいただいた会は基本そのまま。今後は、団体の一員としての活動はその団体に合わせた亭号、それ以外、団体に依存しない個人活動(ぶっちゃけ言うと、鹿鳴家で習った噺も寺子屋で習った噺も、所属したままボーダーレスにできる亭号)は「猫飯亭」と使い分けたいと思います。

あ、このブログは私物化してますが、仔鹿寄席は、あくまでキャナリー分科会としての活動なので引き続き鹿鳴家福来ですよん。

よろしゅう。

※後日談あります。こちらをどうぞ。

改名

 

高座ログ

第20回 あまらくの会
於 浅草公会堂

染家さくら 看板のピン
吾妻亭明也 権兵衛狸
美々里家あかりん 一眼国
吾妻亭すぱ楼 夢の酒
頭下位亭虎奴 天失気
仲見世亭こぐま 権助魚
鹿鳴家福来 猫と金魚
吾妻亭壱円 ろくろ首
文化亭まっちゃ 死ぬなら今
みやび亭抜刀 青菜
のんき家右勝 紙屑屋
春雨や通風 団子坂奇談
呆歩亭きよ 厩火事
清州家ちゃぼ丸 火炎太鼓
寝越家こう生 シーバーハマーの湖

(敬称略)

初参加させていただきましたが、いやー!楽しかったです!
自分は全然ウケてなかったけどね・・・これが末路か、ゴニョゴニョ。
残念ながら全員の高座を拝見出来た訳ではないですが、皆様レベル高い!シーバーハマーなんて、思わず後ろにひっくり返りましたよ(笑)

世間は狭いけど、世界は奥深いな!
奈落の穴みたいだ!(度し難い例え)

打ち上げでわいわい。面白い馬鹿だと思っていただけたみたいで、また出演させていただけそうです。

何卒宜しくお願い致します。

【お詫びと訂正】

【※お詫びと訂正】チラシに記載された住所に誤りがございました(地図は合ってます)

(誤)谷中2丁目9-21

(正)谷中5丁目6-5

ここに慎んでお詫び申し上げます。何卒よろしくお願いいたします。

ZUMBA りた〜んず。

かばち家大福さんから、来年年始のMattaly寄席にお誘い頂きました。正直、↓な状況だっただけにリピートして頂けるとは思ってなく、(主に)嬉しさで震えております。

 

高座ログ(実はZUMBAログ)

来年は(物理的に)一回り大きくなった自分を披露する、訳にはいきませんので今からガチで絞っておきます…!

ミリオンダラーベイビー

生まれつき不幸な人が、自らの努力で栄光を掴み、でも結果、不慮の事故から、もっと不幸な結末で終わる。なんにもなくなって、でも、そこには人としての尊厳と愛だけが残った。そんな映画でした。

終盤30分はずーっと泣き尽くし、今は涙も枯れ果てて放心状態。

 

鉄道員(ぽっぽや)

名優、高倉健、文豪、浅田次郎、そしてテーマが鉄道員。こんなに自分が手に取らなそうな要素満載の映画はないなあ、と、思いつつ、敢えてレンタルして観ました。

やー、高倉健さん安定してカッコいいわ。僕も愚直に朴訥に不器用に生きたいわ。無理だけど。にしても、普段、言葉を口にしない男の発する言葉は力があるね。印象に残ったのは、電話で廃線を伝えに来た秀坊に

俺のことよりお前はやることが一杯あるんじゃねえか、しっかり頑張ってくれ

と叱りつける様、か、かっこいい…。言葉数は少なければ少ないほどいいぞ!いっぱい喋んなきゃ勿体無い、何が勿体無いか分からないけど!の精神は捨てるべきだ!主にこのブログのなんて主に無駄口しか叩いてない!なんてこった!

そして当時の広末涼子の神がかった愛らしさよ!今で言う広瀬すず的なポジションなのだろうけど、やっぱ世代だからか自分の中では完全に広末無双ですわ。あのはにかんだ笑顔が堪らん、俺を殺す気か。

死因:キュン死。

円生と志ん生

於 紀伊国屋サザンシアター

落語が好きだ。
と、つい数年前に落語を知ったような僕が言ったところで、にわか発言に過ぎない訳ですが、まあ、好き嫌いは主観なので勝手に言わせて貰います。

その上で、落語が演劇に敵わない点が3つあると思う。

1つ目は、セットや道具がふんだんに使える事。これは異論があるかも知れない。扇子と手拭いと言葉で表現するのが落語の良さなのだから。でも、言ってしまえば扇子でも、手拭いでも、言葉でも表現出来ない事にはとても伝達力が弱い。

2つ目は、複数の人物を同時並行で動かせる事。勿論、落語も複数の人物を演じ分けるが、演じるのが1人、口が1つである以上、どんなに素早くやっても決して同時並行にはならない。

そして3つ目は、戦争をテーマに出来る事。一部、柳昇師匠の「与太郎戦記」のような例外はあるにせよ、「現在の」寄席や落語会において、古典であれ新作であれ、戦争をテーマにした落語が上演される可能性は皆無である。「現在の」というカッコ書きがあるのは、戦時中はあったそうだ。この辺りにも言いたい事はあるのだが、長くなるし、まだ受け売りの域を越えないので割愛。

この、特に3つ目の点によって、この演劇は落語が1つのテーマであるにもかかわらず、落語では表現出来ないと思いました。

この演劇は、若かりし志ん生師匠と円生師匠が満州に慰問に行った六百日間を舞台にしたもの。ただ、お二人ともその事については語らなかったそうなので、ほぼ井上ひさし氏のリサーチに基づいた創作です。若かりし、なんて書いたけど、当時は志ん生師匠が55歳、円生師匠が45歳だから、まあ、それなりのオッサン2人連れ、てはあったようだ。また前述で、戦争をテーマ、なんて書いてしまったけど、正確には戦時中の話ではなく、お二方が満州について三ヶ月後に戦争は終わってしまった。その後2年間、中国は大連に残った日本難民としての生活が描かれてる。

この時代設定、状況も凄い。僕は馬鹿なのでこれまでイマイチ、ピンと来なかったが、玉音放送でハイ戦争おしまい速やかに撤収、とはならない。その後、敵地ど真ん中に大勢残った敗戦国民の地獄たるや、ちょっと洒落にならなかった。シベリア送りの恐怖、同胞者の密告、中国、ロシアからの抑圧、詐欺の横行。その中で、乞食同然まで落ちぶれながら、志ん生師匠と円生師匠は落語の事を考え、いつか日本で言葉の分かる大勢のお客さんの前で落語をするまで生きる事を考えてる。この情熱を、その後名人になる人物が故の特別な感情だと思うのは間違いだ。人前で落語をして、笑って頂いた経験からくる中毒性、こればかりは名人も素人も変わらない。

説明だけじゃなく僕自身の感想も書いとくと、ネタバレになって申し訳ないが、まあ、何度も再演してる演劇なので勘弁して。ラサール石井さんの志ん生師匠、大森博史さんの円生師匠は、ビジュアル的には超そっくりでした。口調は、寄せてる寄せてる、とは思いましたが、ビジュアル程は似てると言いにくいかも。ラサール石井さんは関西人だしなあ。困窮極まった志ん生師匠が、ある事がきっかけでキリストに擬えてしまうところで一番爆笑しました。それと、ラストシーン、日本に戻る船を見つめる志ん生師匠こと、ラサール石井さんの表情に注目です。

あと、昨日の日記の僕に対する反論、志ん生師匠も円生師匠も、才能が開花したのは満州から戻ってきてからだそう。あんた、スネるにゃちょっと早いんでねえですかい?

 

補足

この後、紀伊国屋サザンシアターは9/24まで、兵庫西宮の兵庫県立芸術文化センターで9/30〜10/1、宮城仙台の日立システムホールズ仙台では10/8、山形川西町の川西町フレンドリープラザで10/4に公演されるそうです。気になる方は是非!