「インスタ映え」嫌い

最近モヤモヤしてる事。

昔は「百聞は一見にしかず」って良い意味だと思ってた。でも、ここ数年テレビが「インスタ映え」と言う言葉を使い出してから、「一見」が本格的に「百聞」を駆逐し始めた気がしてならない。食べ物飲み物お店に観光地ぜーんぶ、実物そのものを映して、裏でナレーションやテロップで「インスタ映え」と言っておけば、それでレポートが成立してしまうのだ。

「見てくださいこのかき氷!インスタ映えするでしょ〜」「見てくださいこのカクテル!インスタ映えするでしょ〜」「見てくださいこのプールバー!インスタ映えするでしょ〜」「見てくださいこの景色!イ」落語の葛根湯医者じゃねえんだから(笑)

昔はさ、例えば、雨の表現だって「ごうごう」「ざあざあ」「ぽつぽつ」「しとしと」と、降り方によって色んな使い分けがある。ちょっと気取った人は「バケツをひっくり返したような」「身体にまとわりつくような」なんて言い方もしてた。「狐の嫁入り」なんて、何それ雨なの?って表現も大好きだ。でも、今はスマホで写真(動画)を撮れば、一目瞭然、正確に様子が伝えられちゃう。

別にインスタグラム(含めたSNSのような個人メディア)が悪、と言いたい訳ではないよ。けど、物事を正確に伝えよう、と言う事を重視する余り、表現の曖昧さ、不正確さ(と、言うより正確さの振り幅)を失って、なんだが遊びも余裕もなく、聞いてて詰まらなくなった。

その点、ラジオは「一見」の存在しない世界だから、未だ「百聞」の限りを尽くして伝えてくる。それでも足りないところは、聴き手が想像するしかないのだけど、時にその想像力は現実より面白かったり(笑)

勿論、その想像は現実に対して不正確だし、今は正確さの求められる時代だから、と言えばそうなのよ。でも、その不正確さを楽しめるような心の余裕が、受け手にあっても良いんじゃないかなぁと、根がいい加減な僕は思うのだ。