紺染さん

先週末、ほぼ2年ぶりに紺染さんにお会いしました。

と言っても落語会の閉幕後に数分話しただけですが、しきりに「元気だったか」と訊いておられました。あれ?久しぶり、なら分かるけど、俺なんか患ってたっけ?と暫く不思議に思ってましたが、ああ、僕が昔、事情を話さず逃げ出した所為か、と気付く。僕が思ってるより多くの人にとって、未だ僕はあの頃の状態のまま固定化されているのだろう。途端、申し訳なさで涙が出そうになり挨拶もそこそこに退散。我ながら浅慮な事この上ないね。

お気遣い本当にありがとうございます。高座、ずっと笑わせていただきました。

もうあそこに戻れる事はきっとないけれど、もっと落語を頑張ろうと思った。頑張って頑張って、あちこちの告知に載るようになれれば、こいつ元気そうだな、変わったなと思ってくれるかも知れないから。

プールデヴー

一年前に始めたジムですが、まあ、ご覧の通りなんら効果はないです。いや、明らかに自分に非があるのですが、別にジムやめたら劇的に痩せましたなんて話は聞かないし、なんとなくダラダラと惰性で続けております。

でも、前の日記で書きましたが、ここんとこ身体がお爺ちゃん化した事により朝型生活になってしまった為、夜は割と時間が出来てしまった所為か一時期より通う頻度が増えて来ました。で、同じルーティンをこなすのも飽きて来たので、今度プールやってみようかと。

料金変わらないし。夏だし。何より知り合いに僕のダイナマイツ(物理)バディを見られる心配もないしな。

かつてはキャナリーのトビウオと呼ばれた男(大嘘)も、泳ぐの十年ぶりだなあ。浮くかなあ。

アイネクライネ

誰かの居場所を奪い生きるくらいならばもう
あたしは石ころにでもなれたならいいな
だとしたら勘違いも戸惑いもない
そうやってあなたまでも知らないままで

ー 米津玄師「アイネクライネ」

数年前の東京メトロのCM曲ですね。これ、カラオケで歌うの死ぬ程難しいです(笑)

ブログ2年目スタート

自分語りが出来るのもブログの強み(笑)そんなもの誰が読むかって?そりゃ僕が。幸いな事に、このブログの一番の読者は、僕自身だからね。

えー。

ブログ2年目最初の記事は、最近たまたま立て続けにご質問頂きました「なんで社会人落語始めたの?」という話。興味がない人は回れ右。既に聞いた人は、新しい情報はないと思うけど、それでよければ。

社会人落語を始めるより数年前、僕は無趣味でした。いや、一応ヲタだったのでゲーム、漫画、アニメ、小説、音楽はそれなりに嗜んではおりましたが、どれも別に夢中と言える程ハマった訳ではなく、ヲタ仲間と話が合えば充分、と言うレベルで広く浅く、どちらかと言えば余暇の過ごし方として楽しい感じ。

会社に入って同じヲタ仲間以外とも関わる中で、例えばアマチュア劇団に入ってる、例えばバンドを組んでる、そういう同僚や先輩達から公演があるから来てよ、ライブやるから来てよ、と誘われて、遊びに行く。舞台の上で披露する彼、彼女らを見て僕は楽しい。楽しいのだけど、なんだか舞台の上で披露する側の方が客席の僕より楽しそうだと思ってました。

とは言え、人付き合いが苦手な僕は、その輪の中に積極的に入っていけず、一人で音楽教室に通ったり、楽器の教材DVDを観たり。もともと手先は不器用だし、披露するアテもないので、直ぐに投げ出し、また無趣味に戻る。そんなのを繰り返しながらとうとう三十代になった頃。

銀座の山野楽器で楽譜を物色してたら、落語会の告知を見つける。子供の頃から児童向けの落語本は読んだ事があり、その後は特にハマった訳ではなく遠のいていたけど、まあ、せっかく東京にいるんだから、東京でしか出来ない体験をするのもありだな(大変、失礼な話ですが、当時、僕は上方落語の存在を知りませんでした。桂三枝さんも桂文珍さんもテレビの芸能人)、と入って、生まれて初めて生の高座を聴いたのが三遊亭遊雀師匠…なのですが、何のネタかは忘れました(笑)でも、その時やたら面白くて、同じ場所で次の会の予約をして、2回目に聴いたのが古今亭菊之丞師匠で、これはネタを覚えてます、二番煎じ。なんだこれは、と衝撃を受けた。

ただ、その後も当時の僕にとっては、落語はあくまで聴くもので、面白いから会社を辞めて弟子入りを、なんて過激な事は考えずに数ヶ月に一回、気が向いたら寄席に行ったり落語会に行ったり。とは言え、当時聴いた噺家さんの顔も名前も全く覚えてない(笑)そんな日々の中、ある書店の落語コーナーで見つけた平安寿子さんの「こっちへお入り」その本で、弟子入りしなくても趣味で落語を学べる事を知る。

そこで、ようやく先程の趣味の話と繋がりました。舞台で披露出来て、人付き合いが苦手でも続けられて(後でこれは大きな誤解だと知る、むしろ、人付き合いはこの趣味で鍛えられた)、楽器と違って稽古場も選ばなければ、お金の負担も少ない。それなら続けられるんじゃないか。そう思ってインターネットで「落語教室 東京」でググって幾つか出た中、稽古日が土日と言う事、今住んでる所に近い事から、キャナリー落語教室を選んだのが金曜日。アポ無しで突入したのは翌土曜日。そのまま入会を決めたのが今から5年前、2012年の7月になります。

思えばそこが真人間としての分水嶺。そこを跨いだ後は坂道をコーロコーロコーロコーロと転がり落ち、今に至るのです。