蛙茶番

風邪気味なのについうっかり見だしたら止まらず。小遊三師匠の蛙茶番は控え目に言っても最高だなあ(笑)

その前にやってる野ざらしも軽い調子でたまらないね。曲の節まわしとサゲが知ってるのと違って興味深い。

 

肩で風切る

1日経った今だから白状しよう。

昨日の深夜にNHKで放映された「プロフェッショナル〜仕事の流儀」という番組、一之輔師匠がメインでした。それに対する感想はまあ、照れ臭いから言いません。が、その後に起こった事実だけを告白したいと思う。

 

番組が終わった後、興奮して眠れずに、そうだ、こんな時は稽古をしよう!と、深夜にあるまじきトーンで稽古を始め、見事、隣の住人から壁ドンを頂戴しました。

 

それは、高倉健の映画を観た後の観客のように。

まるで、ブルース・リーの映画を観た後の観客ように。

落語鑑賞覚書

喬弟仁義
於 らくごカフェ

やなぎ 短命
小んぶ 幇間腹
小傳次 万金丹

仲入り

小太郎 不動坊
さん若 馬の田楽
左龍 花見の仇討

(敬称略)

さん喬師匠一門の勉強会に伺ってきましたが、まー、これが全員熱演!楽しかったです!

さん若さんの「馬の田楽」は、これで拝見するのが二度目。登場人物が老若男女と多い上に全員田舎言葉という、演じ分けだけでも気を失いそうな噺なのですが、トーンとテンポがパワーアップされてまして、前に聴いた時より更に聴きやすくなってます…すげぇ。

左龍師匠の「花見の仇討」は、酔っ払いの武士二人連れの片方が、相手が巡礼兄弟の敵討だと見るや、目をキラッキラとさせててました(笑)あー、私、これまでこの噺で一番タチが悪いのは耳の遠い叔父さんだと思ってましたが、その認識は間違ってました。こいつだ(笑)敵討の名前が人を殺してそうな名前という事で「橘家文◯」に決まったのも酷くて最高でした。

高座ログ

我やが家寄席

二松亭ちゃん平「のめる」
相模亭まり雄「田能久」
相模亭花ろん「悋気の独楽」
鹿鳴家福来「からぬけ」

仲入り

開國亭らぶめーたー「出来心」
相模亭くり坊「花見の仇討」

それににしても、ゲスト出演者への中毒性と言う意味ではこんなに危険な寄席が他にあるだろうか。お客様との距離感、会場の雰囲気。あまり高い所から申し上げない分、みんなで盛り上げようと言う一体感。落語がまだ一般的でなく、知る人ぞ知る「お座敷遊び」だった頃の再現だと思いました。

あー、今度出演する機会があったらあんな噺を、こんなくすぐりを…次、俺いつ出られますか!?と訊きたくなる衝動を抑えるのが大変です…。あー!でも、あんまりベラベラと褒めたくない!俺が呼んでいただけるチャンスが減るから褒めたくなーい!でも褒めどころしか見当たらない!

まったく、ひどいとこだよ!我やが家寄席!(笑)

「そのほかの出演情報」更新

そのほかの出演情報

先日、活ハウスにお伺いした際に、出演依頼を頂きましたので出演情報ページを更新いたしました。李桜さん、ありがとうございます。

ついで、近々に出演する会のご案内を2つ。

今週土曜日、茨城県は大甕で「我やが家寄席」に出演いたします。相模亭一門の皆様方は勿論、二松亭ちゃん平さん、開國亭らぶめーたーさんと、見どころ満載の会になっております。ついでに名人たちに囲まれた私の末路をお見届け下さい。まだお席が残っているそうです。近隣にお住まいの方々、ぜひお越し下さいませ。

今月末30日はお江戸両国亭でキャナリー落語教室主催の「日英バイリンガル落語会」に再出演いたします。前回に引き続き開口一番のようで、今回は「四人癖」をやらせていただきます。短い噺ですし、英語版「四人癖」の演者は英楽校長先生ですので、なにか余計なマクラを練っておいた方が良いのでは!と画策中です。ウソです。真面目にやります。

何卒宜しくお願い致します。

四段目

志ん朝師匠の噺で一番好きかも。去年の年末の国立劇場は五〜七段目だったから今年は四段目を観たいなあ。

四貫相場に米八斗

日本銀行近くにある「貨幣博物館」に行ってきました。

 

 

きっかけは、まあ、とある噺の中で「四貫四百四十四文」を「さし」という道具を使って勘定する仕草をしなければならないのですが、何ひとつ頭の中にビジュアルが思い浮かばないでウンウン悩んでいたところ、ある師匠からこの場所を教えて頂いたと、こういう流れです。

まあ、落語にお詳しい諸先輩方には既にご存知の方も多いとは思うのですが、ここは自分の覚書という事で一つ大目に見て頂くとして、館内で写真を撮れなかったのでインターネットから拾ってきた写真を組み合わせると、まず、一貫というのは、こんなビジュアル。

 

 

昔は穴あき銭と言って、ドーナッツのように真ん中に穴が空いてました。そこに藁で出来た紐で通して束ねてたのですが、この藁の事を「さし」と言うそう。メザシのサシと意味は同じですね。今も五円玉、五十円玉に穴が空いてますが、昔の名残と言うよりは、ポケットの中でも触っただけで硬貨の種類が判別つくように、といつだったか誰かに教わった気がします。一つの束には百枚の一文銭が通してあって、写真のように百文の束が十個で一貫。なので、一貫イコール百文かける十束で千文という計算です。

余談ですが、小判一両は江戸時代だとだいたい四貫から六貫くらいで換算してるようです。その辺りは変動相場制みたいですね。

あと、上の写真は一貫用の「さし」だけど、下の写真のような百文用の「さし」もあり、お店で百文の品物を買う時は、バラさず「さし」に結んだまま渡してるようでした。

 

 

現物の大きさは、こっそり一円玉と比較したところ、百文の束一つの長さがだいたい縦6センチ。それが5つ並んでいるので、一貫を真っ直ぐ置くと全長40から50センチってとこ。一文銭の大きさは一円玉よりちょっと小さいけど、まあ、イメージとしてはほぼ同じ、ただ、薄さは一円玉より相当に薄いです。

重さ、重さはねー。伝えにくいですが、百文の束が、小学生が書道で使う文鎮くらいかなあ。一貫になると、まず現代人なら、腰にぶら下げるとか、手から下げて持ち歩くには億劫です。リュックサックで背負うならまあ、なんとか一人でも苦なく運べるかな?って感じ。この辺は分かりにくいと思いますが、館内には触れる模型があるので、それで確かめた方が良いです。あ、ちなみに入館無料です。

で、肝心の落語の仕草としては、まさか四千四百四十四枚数える訳にもいかないので、たぶん、ある程度はドサっと塊で、細かい銭は百文毎に束ねると、分けて数えるんだろうなと。

ただ、自分の中でこれだけ理解してても、お客様に伝わる仕草にするには相当な技量が必要なのは間違いない。まあ、結果ゴチャゴチャっとやっても、きっと自分の中に明確なビジュアルが浮かんでれば違って見える…といいなあ。