四貫相場に米八斗

日本銀行近くにある「貨幣博物館」に行ってきました。

 

 

きっかけは、まあ、とある噺の中で「四貫四百四十四文」を「さし」という道具を使って勘定する仕草をしなければならないのですが、何ひとつ頭の中にビジュアルが思い浮かばないでウンウン悩んでいたところ、ある師匠からこの場所を教えて頂いたと、こういう流れです。

まあ、落語にお詳しい諸先輩方には既にご存知の方も多いとは思うのですが、ここは自分の覚書という事で一つ大目に見て頂くとして、館内で写真を撮れなかったのでインターネットから拾ってきた写真を組み合わせると、まず、一貫というのは、こんなビジュアル。

 

 

昔は穴あき銭と言って、ドーナッツのように真ん中に穴が空いてました。そこに藁で出来た紐で通して束ねてたのですが、この藁の事を「さし」と言うそう。メザシのサシと意味は同じですね。今も五円玉、五十円玉に穴が空いてますが、昔の名残と言うよりは、ポケットの中でも触っただけで硬貨の種類が判別つくように、といつだったか誰かに教わった気がします。一つの束には百枚の一文銭が通してあって、写真のように百文の束が十個で一貫。なので、一貫イコール百文かける十束で千文という計算です。

余談ですが、小判一両は江戸時代だとだいたい四貫から六貫くらいで換算してるようです。その辺りは変動相場制みたいですね。

あと、上の写真は一貫用の「さし」だけど、下の写真のような百文用の「さし」もあり、お店で百文の品物を買う時は、バラさず「さし」に結んだまま渡してるようでした。

 

 

現物の大きさは、こっそり一円玉と比較したところ、百文の束一つの長さがだいたい縦6センチ。それが5つ並んでいるので、一貫を真っ直ぐ置くと全長40から50センチってとこ。一文銭の大きさは一円玉よりちょっと小さいけど、まあ、イメージとしてはほぼ同じ、ただ、薄さは一円玉より相当に薄いです。

重さ、重さはねー。伝えにくいですが、百文の束が、小学生が書道で使う文鎮くらいかなあ。一貫になると、まず現代人なら、腰にぶら下げるとか、手から下げて持ち歩くには億劫です。リュックサックで背負うならまあ、なんとか一人でも苦なく運べるかな?って感じ。この辺は分かりにくいと思いますが、館内には触れる模型があるので、それで確かめた方が良いです。あ、ちなみに入館無料です。

で、肝心の落語の仕草としては、まさか四千四百四十四枚数える訳にもいかないので、たぶん、ある程度はドサっと塊で、細かい銭は百文毎に束ねると、分けて数えるんだろうなと。

ただ、自分の中でこれだけ理解してても、お客様に伝わる仕草にするには相当な技量が必要なのは間違いない。まあ、結果ゴチャゴチャっとやっても、きっと自分の中に明確なビジュアルが浮かんでれば違って見える…といいなあ。