社畜のヒーロー

権助でも清蔵でも百兵衛でもなんでもいいんだけど、江戸落語に出てくる、所謂、北関東というか南東北というか、そのあたりの方言を使う田舎者のキャラクターが、僕は無性に好きなのです。

まあ、僕が江戸弁が苦手な代わりに、田舎調の言葉は口にしてみると意外に話しやすかったってのもあるし(とは言え、ちゃんと演ると難しそうですが)、粋じゃない代わりに気障ったらしくもない。

「百川」みたいに野暮天ぶりを嗤う噺も多いけど、逆に「権助提灯」「木乃伊取り」のような、朴訥かつ生真面目なKYさで、時に主従関係、上下関係をぶっ壊す


余談ですが、どんなに主人に暴言を吐こうと、なんだかんだで権助らは暇を出されないですね。若旦那が勘当される、または勘当された噺は山ほどあるが、権助がクビになりました、めでたしめでたし、なんて噺はついぞ聞いた事がない。多分、江戸町人、当時の寄席のお客さんにとっては、田舎者(※差別的な表現ですが、だからといってマイルドに「地方出身者」で括ってしまうと意味合いが変わる気がする。江戸落語には時々、上方の商人とか薩摩弁の武士とかが登場しますが、彼らはまた違う位置付けだと思う)は外からの異邦人である以上に、同じ庶民の仲間だと認識するのだろう。彼ら江戸町人にとっては、地域差よりも身分差、武士だったり、自分の御店の番頭さんやご主人様の方が距離が遠い気がするのだ。

そこから発展させると、もしかしたら、江戸時代まで日本の首都は京都だったってのも関係あるかもしれない。江戸だろーと北関東だろーと、京都から見たら皆んなまとめて同じ田舎だしな。してみると、上方落語の世界(関西人が、とは言わないよ)において田舎者への異邦人意識は、江戸落語より強いのか?まあ、上方落語は詳しくないし、ふと思いつくのは「仔猫」「江戸荒物」くらいだから、そこはまったくアテにはならないようで。

余談の余談。「化け物使い」の権助は珍しく自主都合による退社でしたね。当時は下請法なんて結構なものはないから、後任の化け物達もさぞ苦労したんだろうなあ(笑)

閑話休題。


噺もたくさんあるのです。

正に、現代でいう社畜のヒーロー!見てて痛快なのですな。

なんて事を、昨日、風邪でダウンしながら考えた。

そんな事より孤独死を恐れろや(笑)