わらうとまけよ

寄席文字教室の帰りに先輩にお誘いいただき、軽くアルコールを注入。ほろ酔い気分で帰宅した後、月曜の小三治師匠の高座を反芻したいと思ってyoutubeでこんな動画を見てました。(けっこう長いので注意)

大変、勉強になったのですが、小三治師匠の言葉の中に「笑わせようとするのではなく、つい笑ってしまうのが落語なんです」というのがあって、

それをトリガーに思い出したのですが。

子供の頃は、よく友達と「にらめっこ」をしてました。その友達の中に「にらめっこ最強の男」がいました。全然ブッサイクではなく、むしろ、そこそこ整った顔(と書けば聞こえがいいですが、要は「薄い」顔。)だったそいつの編み出した戦法は、まず、普通に変顔をします。こっちも負けてたまるかと変顔で応戦するのですが、勝負がピークに達した瞬間、ふっと真顔に戻るんです。怒った顔でも、泣いた顔でも、ましてや笑った顔でもなく、無言で、感情プラスマイナスゼロ、フラットな真顔。それを数秒見てたら、こっちはもうダメ。綱引きで引っ張られるように笑ってしまい、幾多の変顔達が何度も陥落されてしまった訳です。タイミングさえつかめれば、変顔という「天性の才能」をそれ程必要としないその戦法は、当時の僕らにとって「にらめっこ」の概念が一変するぐらいの革命で、「にらめっこ」そのものに飽きるまで、みんなでそいつの真似したっけ。

こないだの小三治師匠の「間」で笑ったときの感覚は、その「にらめっこ最強の男」にやられた時に近い気がしたんですよね。冷静に考えると、子供の遊びと国宝の至芸を比較するなよ、と、方々から怒られそうですが、なんか、大事なヒントのような気がしてならない。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。