狐七化け、狸は八化け

古典落語の「紋三郎稲荷」が好き、と言うそれだけの話。

なんで好きか端的にいうと、「おらが里の」落語だから。あまりメジャーでない噺なので、簡単に粗筋を言いますと、

笠間藩の武士が江戸に向かうのだが、風邪をひいてしまって予定より出発が遅れてしまった。仕方ないので籠屋を頼んだところ、この籠屋が武士の事をお稲荷様の眷属と勘違いし…

という民話みたいな噺。それで、物語の始点が取手、終点が松戸という、小学校三年生で東京から茨城に引っ越してずっと、水戸街道近辺で暮らしていた僕には、馴染みのある地名が数多く出てくる噺なのです。

でも、不思議に思ってた事が一つあって、この物語の中盤に武士が「いま、どの辺りだ」と籠屋に尋ねると、籠屋は「牧の原です」と答えてるんです。牧の原、これは今でも残っている千葉県印西市内の地名なのですが、なにが不思議かと言うと、取手から松戸に至る道筋の中には、まず、牧の原は入らない。

とは言っても、地元民以外は???なので、
詳しくは下の地図を参照にしてね。

 

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ね。始点が取手、終点が松戸なら、普通は水戸街道(今の旧水戸街道)を通るはずなのです。なのに、ぐるっと回るように牧の原を通ってる。勿論、フィクションなので、何処を通ろうと支障はありません。でも、籠屋は所謂、悪徳業者の「雲助」って感じではないし、そもそも地名すら明かす必然のないシーンで、どうして牧の原という、人によってはすぐ分かってしまう「嘘(という言葉がキツければ、違和感)」を盛り込んだのか、そこが良く分からなかったのです。で、暫く分からないまま「そういうこともあるだろ」と、放置してたら忘れてました。

が、つい先日、実家に帰省した時に、たまたま北総線「印西牧の原駅」の駅前にキツネのオブジェを見かけて、これはやっぱり牧の原でなければならない必然があるはずだ、と、もう一回調べなおしたら、意外にあっさり理由が判明。

あの辺りは、昔から草深原(そうふけっぱら)と呼ばれてて(牧の原との関係性はまだ、詳しく分かってないのですが、草深原の一部が牧の原と呼ばれるようになったという認識です。余談ですが、前述の北総線「印西牧の原駅」、建設中は「草深駅」だったそう)、その特殊な生態系から「奇跡の原っぱ」と呼ばれており、

今も、キツネが、棲息してるのです。

絶滅寸前のホンドギツネが。

この噺、物語のあちこちにお稲荷さんに関連する地名が出てきてたので、長い間、気付かなかったのは我ながら間抜けとしか言いようがないのですが、誰が想像します?千葉の住宅地に、キツネですよ?21世紀にですよ?ジブリかよ!仕込みにしたって、芸が細かすぎるよ!!!←悔しさゆえのイチャモン。

勿論、重箱の隅をつつかなくたって、良く出来た楽しい噺なのですが、ますますこの噺が好きになりました。でもね、遺憾せん、この噺、技量うんぬん以前に、ワタシがやるには重大な欠点がございまして。それは、

 

ワタシのビジュアルだと、

どうしても、

狸にしか見えない(涙)

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