悟りについて

「生きる?死ぬ?
 それがなんだというんだ
  宇宙のなかに人生などいっさい無だ!
  ちっぽけなごみなのだ!」

手塚治虫「火の鳥 鳳凰編」

なんか、冒頭に引用文を載せると、

馬鹿な文章でもカッコよく見えますね(笑)

主人公、我王が悟りを開く有名なシーンです。

僕は悟りを開いた事は勿論ないので、

正直、よく分からないのですが、

某所のブックレビューで、「悟り」をすごく明確に説明してある、と聞いたので、

飲み会集合までの時間潰しに買ってみました。

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表紙だけ見ると胡散臭くはなさそうですが…

さて、何が書いてある事やら。

新作落語講座について

己は詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交って切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、又、己は俗物の間に伍することも潔しとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為である。

中島敦「山月記」

 

七月より三ヶ月間、三遊亭天どん師匠の新作落語台本講座を受講する事にしました。

自分の処女作「バリコテ」を沢山の人に評価していただき、より良いものへと磨く事と、

逆に、「バリコテ」への完璧主義的な思い入れを捨てて、自分の中に創作を量産する体制を作る事。デイケア出演が高座に上がる事への臆病さを捨てたように、創作する事、評価される事への臆病さを捨てること。

矛盾してるかも知れませんが、

その両方を兼ね備える事が受講の目的です。

 

李徴は後悔を口にしてましたが

自己弁護の檻から解放されない私は、

彼が、野生の虎になる事でようやく

臆病な自尊心と、

尊大な羞恥心の呪縛から解放され、

内心ほっとしたのではないか

と、

少しだけ邪推して相憐れむ(笑)

 

にしても、一気に習い事を増やしすぎだー!

子供の頃だって、こんなに習い事行ってないぞ!

林ナントカ先生が以前テレビで、「誰かにお金を払って貰って学習できるという贅沢さ」

を説いていましたが、

まさにその通りだと思います。